旭志村の話
制作年: 2022
素材・技法: 石, 大理石, ガラス, 金箔, セメント, パネル
サイズ: 89 × 89 cm
エディション: 1点物、ユニーク
サイン:あり

About the Work
- 制作年
- 2022
- 素材・技法
- 石, 大理石, ガラス, 金箔, セメント, パネル
- サイズ
- 89 × 89 cm
- エディション
- 1点物、ユニーク
- サイン
- あり
- 額装
- なし
- 作品証明書
- 未設定
- カテゴリー
- 壁画
- スタイル
- 社会・政治・歴史, ロマンティック
Work Details
作品のコンセプト・制作意図
私が幼少期を過ごした熊本県旧旭志村に伝わる伝承群をモチーフに制作した。旭志村は父方の実家があり私自身も幼少期に住んでいた村だ。広大な田園が広がる見晴らしの良い村だが、その土地にも多くの物語があることを知り作品にした。
(画面中央)魔除けを意味する伝統行事の鬼火焚き。
(画面右側)万病に効く温泉が湧く湯ノ山という土地があった。ある時そこに異様な僧がやってきて牛の頭のようなものを湯につけ呪文を唱えると、その牛の頭のようなものはどこかへ勢い良く飛び出して行った。すると湯ノ山で湧いていた温泉は枯れ果て、代わりに遠くの山鹿市で温泉が湧いたという。
(画面下)湯舟集落の東南には標高200mの灌漑用の大池にまつわる話。ある時山の麓にある3つの集落が集まり、水田灌漑用の大きな溜池を造ることになった。しかし工事は上手く行かず、梅雨のたびに増水で堤防が崩れ、湯舟集落は洪水になっていた。業を煮やした人々は遂に人柱を立てることにしたが人選で困り、仕方なく付近の海岸地帯で人柱を選ぶ際に採用されていた方法を流用して、着物の破れを横縞の布であてている者を選んだという。選ばれたのは十人組(自治組織)の組長だった。その組長を人柱として堤防の割れ目に立たせ、工事の完成を祈願しながら土を被せて埋めたのである。
(画面左側)1000人の使用人と5000町歩(約5000ヘクタール)の田園を持つ群倉(むれくら)長者がいた。その広い田園の田植えを一日で終わらせようとし、膨大な人数で田植えをしていたが間に合わず、日が沈んできた。そこで田園の端に並ばせた力自慢の男達に黄金の扇子を持たせ、太陽をあおいで高いところに戻させた。再び太陽が落ちる前に田植えを終えようとしたが、男達は疲れ果ててついに日が沈んでしまう。そこで近くの丘に油をまいて火をつけ、その明かりで田植えを終わらせたが、残り火が火の玉となり長者の屋敷や蔵を全て燃やしてしまった。この火の玉は長者が火をつけた丘に棲む大蛇の祟りだといわれる。
引用 : 旭志村史
展示風景
Artist
モザイク作家
経歴 1995年 熊本県出身 2020年 東京藝術大学 美術学部 絵画科 油画専攻 卒業 2023年 東京藝術大学大学院 美術研究科 絵画専攻 壁画研究分野 修了 2023年〜2024年 令和5年度 ポーラ美術振興財団在外研修員としてイタリアにて研修 (Accademia di Belle Arti Ravenna ) 2025年〜 東京藝術大学 テクニカルインストラクター(壁画) 東京藝術大学油画専攻を卒業し、同大学大学院壁画第二研究室への進学を機にモザイク表現を学ぶ。修了後はポーラ美術振興財団在外研修員としてAccademia di Belle Arti Ravennaにて、モザイクの研修を受ける。ラヴェンナの伝統的なモザイク技法を習得し、現在はモザイクのさらなる表現を模索している。 私は大学学部3年生の夏休みに初めてレジデンスに参加した。この土地だからこそ描けるものを題材にしたいと思い模索していたところ、その土地の伝承や伝統、風習に出会った。その時から風景は単なる景色ではなくなり何か特別なものに感じるようになった。その土地に根付いた人々にだけ特別だった風景が、伝承や風習を知ることによって私にも伝わるようになったのだ。このような体験を経て、文字や言葉として受け継がれてきたものを絵として記録していきたいと考えるようになった。 学部在籍時は主に油彩を用いて表現を模索していたが、壁画第2研究室に所属してからはモザイクでの記録を試みるようになった。古代に作られ現在に至るまで重要な文化財として残っているモザイクには、神話やその当時の風俗が描かれている。それらのモザイクとの出会いは、私が伝承という長い年月を経たモチーフをどのような素材で表現したいかを決めるきっかけとなった。またモザイクの特徴である「解像度の低さ」は、少し現実離れした物語を表現するのに最適だった。 モザイクは大理石やガラスを用いるため、状態が良ければ1000年以上もつほど耐久性に優れている。モザイクは長きにわたり伝えられてきた地域の伝承を過去から未来へと引き継ぎたいという動機を実現できるメディアだと考えている。 人が住む土地の数ほど物語や風習があるが、時代と共に廃れて消えていくのが現実だ。私はまだ残されている物語を知り、消えてしまう前に人と土地の特別な関係をモザイクとして見える形として残したいのである。そしてそれらの作品は私がその土地を歩いてきた形跡になり、私自身の記録にもなっていくのだろう。
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今後大きめなモザイク作品の制作が増えていきますので、ご支援いただけたら嬉しく思います。