Tears of the Monastery #6
制作年: 2025
素材・技法: パネル, 紙, コラージュ, ミクストメディア, その他, アクリル, インク, 塗料
サイズ: 41 × 24.2 × 2 cm
エディション: 1点物、ユニーク
サイン:あり









About the Work
- 制作年
- 2025
- 素材・技法
- パネル, 紙, コラージュ, ミクストメディア, その他, アクリル, インク, 塗料
- サイズ
- 41 × 24.2 × 2 cm
- エディション
- 1点物、ユニーク
- サイン
- あり
- 額装
- 相談可
- 作品証明書
- あり
- カテゴリー
- 絵画
- スタイル
- ポップアート, ポートレート, コンセプチュアル, エモーショナル, 社会・政治・歴史, その他, 愛, 日常, 抽象, 哲学・ヴァニタス, アジア, パーティー
Work Details
Tears of the Monastery #6
素材・技法
木製パネルにレシート、蜜蝋、パラフィン、トナーインク、ダンマル樹脂のコラージュ
制作年
2025年
作品ステイトメント
アクリル絵の具やトナーインク転写を多層的に重ね、さらに2017年にヨーロッパで集めたレシートをコラージュすることで、消費社会を批判する視点を浮き彫りにした作品。ワインが熟成するようにアートの価値も積み重なり方によっては崩れやすいことを暗示し、現在フランスで発行が禁じられているレシートを用いることで、欲望の連鎖が生む破綻の危うさを浮き彫りにする。ひとりの些細な消費が社会全体を揺るがす可能性を示唆し、消費社会の未来へ警鐘を鳴らしている。
[mirrorge]シリーズ
本シリーズ[mirrorge/ミラージュ]は、“鏡/mirror”と“蜃気楼/mirage”の2つの意味で付けられた作家の造語であり、重要なテーマとなっています。VIKIは自身の作品を、鑑賞者を映す鏡だと言います。つまり、我々の時代を映す“鏡”なのだと表現します。しかし、“鏡”は反転した自身の見たい表情、部位を映し出す、虚像です。そして、もうひとつの意味を持つ“蜃気楼”とは、条件が整わないと発生しない、近づくと見えていた像は崩れてしまう現象のことを言います。これらの意味で付けられた[mirrorge]とは、消費の象徴であるレシートを用いてVIKIが観た時代の表情そのものなのです。
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Artist
アーティスト
2022年東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。日常的で記憶に残らないような時間や消費行動を「時間のささくれ」とし、情報社会に生きる自身と他者との関わりや「個」としての在り方など、時間に纏わる言語を考察しながら制作をしている。 日本全国からレシートを集め、2015年からアイロンとレシートを使ったライブアートパフォーマンスを開始。熱を与えると変色する感熱紙の特徴を生かし、熱でドローイングする。ほか、壁画、油画、インスタレーション、グラフィックデザインなど、活動は多岐にわたる。 アーティストステイトメント 僕は熱しやすく冷めやすい生き方をしてきた。言ってみれば器用貧乏として生きてきたのかもしれない。おとなしくて、笑わなくて、紙とペンをいつも持ち歩いている子供だった。父子家庭で育った幼少期、コンビニ弁当生活が続いた。母親代わりの祖母が入院した時だった。値段と日替わり弁当と書かれた感熱紙のラベルは、油汚れのついた電子レンジで温めると、小さなラベルの世界がじんわりと飲み込まれるように黒くにじんでいく。僕は油に放り込まれたような時間を体感し、消費されていく感覚を持ち始めた。もう二度と戻らないというリアリティがつきまとい、生死と時間が定められた速度で前に進んでいる。誰にでも平等に与えられる 24 時間を意識せざるを得なかった。それから僕は、コンビニ弁当を買っては電子レンジで温める度に、じっとラベルの世界が染まっていく時間を見届けることが日課になった。後に僕の中にある身動きができないような静かな熱を、そのまま表してくれる感熱紙が感情のキャンバスとなった。そして紙とペンを持ち歩いていた僕の手には、いつしかレシートだけになっていた。爪先がペンの代わりとなり、掻きむしるように摩擦熱となって、他者の時間が刻まれたレシートにも施されていった。とはいえ、時間は僕を構成するエレメントであるにも関わらず、僕は未だに時間を理解できない。あるいはそもそもその気がないのかもしれない。しかし、他者は僕が知りえない時間を容赦なく与えてくる。他者と僕の時間の摩擦を感じるとることで、はじめて時間を理解できるのではないかと考えている。それが僕のパフォーマンスであり、僕の生と熱が生き続ける証として実体化するのである。 熱はいつかきっと冷めてしまうかもしれない。熱が色褪せて、記憶や記録として残していたものの輝きを失ったとしても、僕は褪せてしまった時間は美しいと思う。そしてまた新たな時間として見つめ直さなければならない。
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