Anti-Hero #3
制作年: 2024
素材・技法: パネル, アクリル, ミクストメディア, 紙, 油彩, コラージュ
サイズ: 33.3 × 33.3 × 2 cm
エディション: 1点物、ユニーク
サイン:あり







About the Work
- 制作年
- 2024
- 素材・技法
- パネル, アクリル, ミクストメディア, 紙, 油彩, コラージュ
- サイズ
- 33.3 × 33.3 × 2 cm
- エディション
- 1点物、ユニーク
- サイン
- あり
- 額装
- なし
- 作品証明書
- あり
- カテゴリー
- 絵画
- スタイル
- ポップアート, ポートレート, 半抽象, 日常, コンセプチュアル, エモーショナル, 社会・政治・歴史, ジェンダー, その他
Work Details
Anti-Hero #3
素材・技法
木製パネルにレシート、蜜蝋、パラフィン、トナーインク、ダンマル樹脂のコラージュ
制作年
2024年
コンセプト
私たちは見たいものを見て、信じたいものを信じる。遠くで見えたものが真実ではない。
ある日、映画館で1組のカップルがいた。そのカップルはポップコーンを買いながら映画の半券を思い出に取っておこうと話している。しかし、受け取ったポップコーンのレシートは捨ててしまった。なぜ、映画の半券は取っておくのに、ポップコーンを買ったレシートは捨てるのだろう?ポップコーンを買った出来事も大事なデートの1ページなのに。僕はそのレシートに新たな価値を与え、記憶のリサイクルができないかと考えた。レシートは、当たり前で忘れてしまう記憶が詰まったものかもしれない。そんな誰かの時間やログの積み重なったイメージが、社会のささくれを作っているのではないか。
レシートはリサイクルができない素材である。全国で1年間に消費されるレシートは、およそ5.4万トン。A4サイズのコピー用紙135億枚に相当し、水質汚染や森林伐採にも影響している。これは資源も記憶もおざなりにしている証ではないか?と僕はもどかしくなる。
日本全国から集めたレシートを使用し、劣化を防ぐため、独自の素材でコラージュを施した。いつかレシートがなくなる数十年後、私たちの生活ログが文化的資料として残ることを意図している。
Exhibition Information
- 過去の展示
- VIKI個展「刻を呑む」2025.03.15 - 03.21
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Artist
アーティスト
2022年東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。日常的で記憶に残らないような時間や消費行動を「時間のささくれ」とし、情報社会に生きる自身と他者との関わりや「個」としての在り方など、時間に纏わる言語を考察しながら制作をしている。 日本全国からレシートを集め、2015年からアイロンとレシートを使ったライブアートパフォーマンスを開始。熱を与えると変色する感熱紙の特徴を生かし、熱でドローイングする。ほか、壁画、油画、インスタレーション、グラフィックデザインなど、活動は多岐にわたる。 アーティストステイトメント 僕は熱しやすく冷めやすい生き方をしてきた。言ってみれば器用貧乏として生きてきたのかもしれない。おとなしくて、笑わなくて、紙とペンをいつも持ち歩いている子供だった。父子家庭で育った幼少期、コンビニ弁当生活が続いた。母親代わりの祖母が入院した時だった。値段と日替わり弁当と書かれた感熱紙のラベルは、油汚れのついた電子レンジで温めると、小さなラベルの世界がじんわりと飲み込まれるように黒くにじんでいく。僕は油に放り込まれたような時間を体感し、消費されていく感覚を持ち始めた。もう二度と戻らないというリアリティがつきまとい、生死と時間が定められた速度で前に進んでいる。誰にでも平等に与えられる 24 時間を意識せざるを得なかった。それから僕は、コンビニ弁当を買っては電子レンジで温める度に、じっとラベルの世界が染まっていく時間を見届けることが日課になった。後に僕の中にある身動きができないような静かな熱を、そのまま表してくれる感熱紙が感情のキャンバスとなった。そして紙とペンを持ち歩いていた僕の手には、いつしかレシートだけになっていた。爪先がペンの代わりとなり、掻きむしるように摩擦熱となって、他者の時間が刻まれたレシートにも施されていった。とはいえ、時間は僕を構成するエレメントであるにも関わらず、僕は未だに時間を理解できない。あるいはそもそもその気がないのかもしれない。しかし、他者は僕が知りえない時間を容赦なく与えてくる。他者と僕の時間の摩擦を感じるとることで、はじめて時間を理解できるのではないかと考えている。それが僕のパフォーマンスであり、僕の生と熱が生き続ける証として実体化するのである。 熱はいつかきっと冷めてしまうかもしれない。熱が色褪せて、記憶や記録として残していたものの輝きを失ったとしても、僕は褪せてしまった時間は美しいと思う。そしてまた新たな時間として見つめ直さなければならない。
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