だぶるやまのはかさなりゆくは
制作年: 2018
素材・技法: キャンバス, 油彩
サイズ: 112 × 194 cm
エディション: 1点物、ユニーク
サイン:あり

About the Work
- 制作年
- 2018
- 素材・技法
- キャンバス, 油彩
- サイズ
- 112 × 194 cm
- エディション
- 1点物、ユニーク
- サイン
- あり
- 額装
- なし
- 作品証明書
- あり
- 作品の販売元
- 加藤笑平
- 発送元地域
- 未設定
- 発送までの日数
- 未設定
- カテゴリー
- 絵画
- スタイル
- 半抽象
Work Details
だぶるやまのはかさなりゆくは
2018
キャンバスに油彩
P120
熊本県のつなぎ美術館での個展の際に現地で滞在して、海につかり、山に入り、様々な地元の方たちと交流し、話を聞き、水源に導かれ、その水源をモチーフに、一番最後に描いた集大成のペインティングです。
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Artist
美術家
加藤笑平/Showhey Kato 1983年、東京都葛飾区柴又生まれ。2005年より熊本県・天草市、2014年に福岡市へ移住。2020年より長崎市樺島町野母崎在住。 東京都立八王子工業高等学校応用デザイン化卒。品川技術専門校建築住環境設計科中退。 天草在郷美術館を2006年から2013年まで主宰、運営。 天草へ移住後、絵画と映像、廃材、土や塩、煤や錆などを用いたインスタレイション+パフォーマンスという形態を本格的に実践。 2020年に天草から望んでいた野母崎半島の野母崎樺島町に移り、野母崎樺島製塩所を立ち上げ、塩を作りながら制作している。 2023年からアーティストランスペース・樺島ストアハウスを主宰。 私の作品は、日々日常で通り過ぎていってしまうこと 気にも留めないようなもの、路上に落ちていて見過ごすもの、名称のない事象や現象がモチーフ になり、画面上で関係性を持ち、展示会場に配置されたものとの間においてもその関係性は続き ます。 この世、この世界をつくりあげ保っているのは、ほとんどが名前のつかないものだと、そう思ってい ます。 私の中では、日本における妖怪、animism、山岳信仰、修験道などがそれに近いかもしれません。 その、二元的ではない、あやふやだけど確かに既にここにあるものを描き、出し、拾うことで、様々 な境界線を越えていけるような動きを表そうとしています。 通勤途中にスーツ姿でお地蔵さんに手を合わせるように。 加藤笑平/Showhey Kato 1983年、東京都葛飾区柴又生まれ。2005年より熊本県・天草市、2014年より福岡市へ移住。2020年より長崎市野母崎樺島町在住。 東京都立八王子工業高等学校応用デザイン化卒。品川技術専門校建築住環境設計科中退。 高校時代より美術、絵画、写真、テキスタイル、木工、工芸、デザインを学び建築家を目指すも大事故で頓挫。 それをきっかけに絵画の魅力を再考し制作を重ねる。 以後小学校や中学校などでの継続したアートワークショップを通じてものづくりやパフォーマンスなど言葉を越えたコミュニケイションを体感する。 それがきっかけとなり2004年に訪れた天草の離島・御所浦島での芸術家集団”またたび”としてワークショップにスタッフとして参加。 初めての九州、初めての天草の土地に感動と心底に残る言い知れない何かを持ち帰る。 その後一年間何回か往復し、天草をもっと知らなければ天草と向き合うことはできないし、地に足が着かない、地元東京を出てみたいという思いから移住を決心する。 その直後に描いた御所浦の生きる糧と場所を求めて泳いで海を必死に渡る猪を自分に重ね合わせた作品”GO HOME”が公募展に入選し売れ、喜ぶ。その時に絵は一生描き続けようと決める。 2005年夏より天草市の佐伊津町の元製材所に部屋がくっついたような家に移り篭って絵を描く。 しかし、なにかモヤモヤとしたものがたまり、ふと、この場所で自分に出来る事は何かと考え、近所のばあちゃんが毎日畑に歩いて通う後姿を見て「なんて美しいのだろう。俺は、いまここでできる事をしよう。ここで展示をしよう」となり 2006年夏から「ゆっくりとした時間の流れ、日常に潜む美」を根幹に家をリノベーションして”天草在郷美術館”を開始、主宰。 以後、天草と他の土地の人とを美術を介した交流の場として機能させられるよう運営を続けた。 個人では天草を拠点に徐々に関東と九州で展示を続け、2008年に「生まれ育った東京と今住んでいる天草の距離感を体感したい」という思いから”東京天草徒歩のたび”を二ヶ月間で実行。 その年あたりから絵画と映像、廃材、土や塩、煤や錆などを用いたインスタレイション+パフォーマンスという形態を本格的に実践。 天草在郷美術館は2013年3月の展示を最後に休止したが、新たな〈場〉をうみだそうと決めていた。 福岡に拠点を移したのち、共同アトリエkarma studio に制作場所を置きながらも各地の現場で制作をし、展示やパフォーマンスを行っていた。 2020年に天草から望んでいた野母崎半島の野母崎樺島町に移り、野母崎樺島製塩所を立ち上げ、塩を作りながら現場にて制作を大事にしている。 2023年からアーティストランスペース 樺島ストアハウスを主宰。 〔つまりは、踊る雑草というところか。〕 自分がなぜ描くのか、描いているのか、そんなことはわからないし、普段は考えていない。けれど、確実にいつも聞かれたら言っているのは生きることそのものだから。というんだけど、なんだそれって気もする。でも、ただ描きたいからってだけでもないし、やっぱり自分で選んでいるし、自分自身の未知なるところが表出してしまう、向き合わざるを得なくなる、めちゃくちゃストレートで至極個人的、自己完結型の無限ループ。とは、言ったものの、今自分が目の当たりにして体感していることを描き記している、だけとも思う。 大勢が考えている普通ではなく、自分の普通というか、普段。そのものを描く。でも、絵だけではなんか、結局物足りなくなって、<それは自分の絵に向かう姿勢や、画力ってもののなさもあると思うけど、絡めたくなってしまう。今の感情と、環境と、一番フレッシュな現状と感覚を。だからこそ、空間そのものにも線を引けたらいいし、見る位置によって反射も構図も変化して、受け取り方も変化して、拒絶もあるかもだし発見もあるかもだし、なんかよくわかんないなあってことが言葉ではない部分で体感できたりとかすることもあるかもしれなくって、そういうささやかなドキドキって、日常にタークさん溢れてて、好きで、でも、見落としてしまう。それを、見落としてしまうのがもったいなくって!そういう、美しいモノやおかしいモノ、鮮やかなものや瞬間、マイ瞬間マイ瞬間、くだらないと思われるかもしれないし、そんなのお金になるの?とか思う方もいるかもしれませんが、そういう風なことが私の生きていることの塩基になっていて、きっと。そういうことにまた、ミネラル的なものが付着して結晶として存在してしまう。こういう一連の流れで一本の線を引く=その瞬間の飽和状態=結晶化であって、そんなことってやっぱりとても個人的で、まあ、他人にとってはなんにもない、なんでもない、そこら辺の雑草みたいなものかなって。 自分自身は、絵を描くこと=心の底から踊らざるを得ないこと、だって、初心おもってました。 いまもおもってます。 〔絵画とインスタレイションについて〕 絵画作品は絵画としてだけでなく、構造物としても存在し、他の絵画やインスタレイション内の木材や言葉、映像や設置物などと共鳴し、関係性が重なっていきます。 まず、いつもかんがえるのは 自分はなぜ今絵を描いているかということと、どういう作品を作りたいのか、どんな絵を描きたいのか。それはとても地続きで、日々変化しています。 “死によって生は支えられている” という現実を、身を以て体感しているいま。 私自身は多様な“死”によってまた、生きている実感を得ています。 友人やお世話になった人、親戚の死。 日々食している生命の死。日々の時間の死。 鉱物や空気、微生物など本来“死”がそこにあるのかどうかさえ分からないものにさえ、<死>が溶け込んでいるという感覚になったりもする。 それは、悲しみや憂い、純粋で根源的な気持ちを呼び起こし、原風景へと導く要因となるのかもしれないし、時には、孤独や恐れ、観念的偏りにつながるのかもしれないし、また時には、それがいま、自分自身の進退と精神が生きているということを実感させるかもしれない、ということだ。 そういった基本的ないわば下地のようなものがあって、そこから日々の様々な身の回り、環境に於いての現象からくる感情、景色、背景、情景、という芯から起こるものと、至極客観性をもった視点とが入り交ざって一つないしは多数の断片による一つの作品が(多数の点と線とその重なりが)うまれてきます。 <みずをはこぶ>、<と、わになる>、<か、える(ことができる)>は私自身の最新の感情と環境と日常から着想を得ています。 海水をはこび、天草を眺め、海と塩づくりの師匠を想い、朝陽と夕陽の光を浴び、故人を想い、また、意識を海に流します。 天草にいる塩づくりの師匠は昨年亡くなりました。 その師匠からいただいた最期の言葉と、その後亡くなってすぐに急展開で私自身が塩づくりをする場所が決まったこと、塩をつくりたいと思っていた場所に師匠が歩いてビール片手に来てくれるシーンと、海に散骨をして溶け込んでいく、その、気、が天草が見えるこの野母崎の樺島へ様々な魂と一緒に流れ込んでくるそのイメイジと、その気は永久だということと、それは巡り循環するということと、結局その循環する海を汲んで、釜へ運んで、山で育った木々からなる家屋用の木材の最終系である廃材を師匠のもとでやっていたようにチェンソーで切って、燃料にして海水を焚くことと、結局、海には<死>が溶け込んでいるのだなと“きづいた”ということを、段階的に体感したので、三点でそれを表し、さらには<みずをはこぶかっとう とき>、<むこうがわ〔 〕(むこうがわ)>はそれに関連した行為とイメイジ、場所の作品でありさらに、<こんせき/たいじ>、<ひがん/いこう>は今、私自身がいる場所でもある。 ただ、そういうことを日々のリアルな体感尺度でとらえ、自分がいる場所で手に入った材でつくりだした“純粋絵画”だ、ということを記しておきたい。 そのなかで、今まで描いてきた作品と今の作品がインスタレイションの中で呼応して、解釈をひろげる。 その世界観そのものが、自分のみている世界そのもの、みかたそのもの、の一部のような気がしています。
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