この作品シリーズは、風景の写真をUVプリントしたアルミニウムの一部を削り取り、鏡面になるまで磨いた作品です。消失した空間に残欠のように漂うイメージは、近代の歴史遺産、帰宅困難地域、何気ない日常など、私が訪れ記録した風景です。写真として切り取った時間(イメージ)を削る、磨くなどの彫刻的な加工を加え鏡面にすることで、常に更新していく「今」を映し出す作品です。「見えないもの=不可視性」の探究をテーマにしてきた私の作品の多くは、背景に同化する、隠れる、欠落するなど、作品それ自体が不可視性を含む構造を持っています。それは可視と不可視の領域で構成されているこの世界の構造をなぞると同時に、不可視な部分を意識させ、隠れた歴史や過去の生活、社会制度を再認識させる試みでもあります。
「侵食の風景」のシリーズは2019年にベルリン滞在時に制作を開始し、幾つかの場所で発表してきました。大きいサイズのものも制作しましたが、ここに出品している作品は一般的な住宅などにもフィットする大きさです。
本間 純
美術作家
1967 年東京生まれ。1990 年多摩美術大学立体デザイン科卒業。2019 年文化庁新進芸術家海外研修制度研修員としてベルリンに滞在。
本間純は世界をとりまく「見えないこと=不可視性」の探究を軸に作品を発表してきた。可視領域に不可視のそれを意図的に発⽣させることにより、隠れた歴史や習慣、社会制度を想起させる本間の作品はときに⾝体表現として、また彫刻として、あるいはインスタレーションとして媒体を問わず発表されてきた。2000年以降は国内外のアートプロジェクトでこれらをサイトスペシフィックな展開でも継続的に展開している。目に見えない部分を補足し洞察する想像力こそ、過去を再生し未来を変える手段であると本間は考えている。
近年はアノニマスな彫刻やオブジェクトなどが辿る生成(過去)と崩壊(未来)をひとつの時間軸上に現前させるシリーズ、箱に分断されたオブジェクトによって歴史や時間の不確かさ、見えなさを喚起させるシリーズなどに取り組んでいる。
近年の主な展示に個展Uncertain Stories (個展eitoeiko・東京2025)、Time and Box(西区97 号・泉州・中国2025)、RE CREATE(CPI 成都・中国2024)、黄金町バザール(横浜2024)、Now and Things(個展eitoeiko 2023)、I saw a landscape(個展void+ 2020)、
侵食の風景(個展Glogau AIR ショーケースベルリン2019)、チェンナイフォトビエンナーレ2019(インド)、侵食の肖像(個展ランゴールメトロアートセンター・バンガロール・インド2018)、空気の正体(川口市立アートギャラリー・アトリア2017)、瀬戸内国際芸術祭2013(岡山県、香川県)、大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2012(新潟県)他多数。
作品
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プロフィール
バイオグラフィー
本間 純
1967年 東京生まれ
1990年 多摩美術大学 立体デザイン科卒業
1990–1992年 多摩美術大学 彫刻科 研究生
2019年 文化庁新進芸術家海外研修制度特別研修員としてベルリンに滞在
受賞・助成
2019年 文化庁新進芸術家海外研修制度 助成 / ベルリン・ドイツ
2015年 台湾・台南市 国立成功大学 パブリックアートコンペ 実施案 一等
2011年 台湾・宜蘭市 国立宜蘭大学 パブリックアートコンペ 実施案 一等
2000年 第一回 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000 / 津南町 作品公募 一等
アーティスト・イン・レジデンス
2025年 国際アーティスト・イン・レジデンス・プログラム / No.97 West District International Art Community(泉州・中国)
2024年 A4 レジデンシー・プログラム / A4 Art Center(成都・中国)
2019年 MAMMA プロジェクト / セジョン・アートセンター(世宗市・韓国)
2019年 GlogauAIR(ベルリン・ドイツ)
2018年 Srishti Institute of Art, Design and Technology(インタリム・プログラム)/ バンガロール・インド(助成:ジャパン・ファウンデーション)
2012年 FLYOVER YOKOHAMA–MANILA / 98B コラボレイトリー(マニラ・フィリピン)(助成:ポーラ・ファウンデーション、ジャパン・ファウンデーション)
個展
2025年 Uncertain Stories / eitoeiko(東京)、Time and Box / No.97 West District International Art Community(泉州・中国)
2023年 Now and Things / eitoeiko(東京)
2021年 I saw a landscape / bononkyoto(KYOTOGRAPHIE KG+)(京都)
2020年 I saw a landscape / void+(東京)
2019年 侵食の風景 / GlogauAIR ショーケース・ギャラリー(ベルリン・ドイツ)
2018年 侵食の肖像―バンガロール / ランゴール・メトロ・アートセンター(バンガロール・インド)
2015年 無名の国 / TRAUMARIS/SPACE(東京)
2010年 Breeze―旅 / 横浜市庁舎 市民ホール(神奈川)
2009年 そして川は流れる / 黄金町エリアマネジメントセンター(神奈川)
2007年 Breeze―4本の旗 / ギャラリーキャプション(岐阜)
2006年 Breeze―ステートメント / ギャラリーキャプション(岐阜)
2005年 Horizon / ギャラリー現(東京)
2004年 Around / ラ・ガルリ・デ・ナカムラ(東京)
2003年 Midori(新世代への視点/テン・エレメンツ)/ ギャラリー現(東京)
2001年 Chattering / ギャラリー現(東京)、Welcome in / デスペラード(東京)
1999年 Pass / ギャラリー現(東京)
1998年 There / ギャラリー現(東京)
1997年 Rope / ギャラリー現(東京)
1996年 Pin / ギャラリー現(東京)
主なグループ展
2024年 Community Memories / No.97 West District(泉州・中国)、RE CREATE / CPI(成都・中国)、黄金町バザール 2024(神奈川)、VOID+STOCK Exhibition Part 2 / void+(東京)
2023年 極寒芸術祭(弟子屈町・北海道)
2022年 極寒芸術祭(弟子屈町・北海道)
2021年 桜を見る会 / eitoeiko(東京)、極寒芸術祭(弟子屈町・北海道)
2020年 みえないものからみえるもの / 天王洲セントラルタワー・アートホール(東京)
2019年 チェンナイ・フォト・ビエンナーレ 2019(チェンナイ・インド)
2017年 空気の正体 / 川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉)、ヤングアート長岡(新潟)
2016年 弟子屈極寒芸術祭(弟子屈町・北海道)
2014年 越後妻有雪アートプロジェクト / まつだい農舞台(新潟)
2013年 瀬戸内国際芸術祭 2013(香川・岡山)
2012年 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2012(新潟)
2011年 AOBA+ART(横浜・神奈川)、黄金町バザール 2011(神奈川)
2010年 越後妻有雪アートプロジェクト(新潟)
2009年 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2009(新潟)、水都大阪 2009(大阪)、TAMAVIVANT 2009 / 多摩美術大学(東京)
2008年 黄金町バザール 2008(神奈川)、AOBA+ART(横浜・神奈川)
2007年 Happy Hours / Zaim Underground(神奈川)
2006年 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2006(新潟)
2004年 MUSELAND 2004 / 北海道立近代美術館(北海道)
2003年 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2003(新潟)
2001年 青葉トリエンナーレ 2001(神奈川)
2000年 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2000(新潟)
1999年 ジャパンアートスカラシップ マケット展 / スパイラルホール(東京)
1996年 Morphe ’96(青山・東京)
1992年 Encountering the others(ハンミュンデン・ドイツ)
リンク
ハッシュタグ
タイムライン
この作品シリーズは、風景の写真をUVプリントしたアルミニウムの一部を削り取り、鏡面になるまで磨いた作品です。消失した空間に残欠のように漂うイメージは、近代の歴史遺産、帰宅困難地域、何気ない日常など、私が訪れ記録した風景です。写真として切り取った時間(イメージ)を削る、磨くなどの彫刻的な加工を加え鏡面にすることで、常に更新していく「今」を映し出す作品です。「見えないもの=不可視性」の探究をテーマにしてきた私の作品の多くは、背景に同化する、隠れる、欠落するなど、作品それ自体が不可視性を含む構造を持っています。それは可視と不可視の領域で構成されているこの世界の構造をなぞると同時に、不可視な部分を意識させ、隠れた歴史や過去の生活、社会制度を再認識させる試みでもあります。






