Biodegradation / 生物分解
制作年份: 2017
材料或技法: 粉, 其他的
尺寸: φ10m × H 1m
版本: 独特
签名:没有设置

关于作品
- 制作年份
- 2017
- 材料或技法
- 粉, 其他的
- 尺寸
- φ10m × H 1m
- 版本
- 独特
- 签名
- 没有设置
- 制作人员名单
- 写真撮影一部/東京都美術館 スタッフ撮影 展示企画 [ 紙神 ]
- 画框
- 不包含
- 作品证书
- 没有设置
- 类别
- 安装
- 风格
- 日本画/和
作品详情
Biodegradation / 生物分解 について
前作、「土へ還る」(2014年)からさらに表現を具体的にフォーカスすることを試みた
「Biodegradation/生物分解」。人間の文明は常に、創造と生産、消費の繰り返しである。
大量生産、大量消費、大量廃棄型の経済社会から、人は土に還らない素材を産み、
腐ることのない食材を作り、また何万年もしなければ生分解されることのない、
エネルギー生産のシステムを構築した。しかし、どんなに科学や医療が発展しようとも
人間は生き物であることを辞めることは出来ない。
「産み出すことに責任を持つ」とは一体何であるか。私も「産み出す側の人間」である。
そこには重い軋轢と矛盾が存在している。
タイトル(Biodegradation)に似つかわしくないモチーフ(プラスチック飲料を模したもの)を用いたのはその為である。概念としてのプラスチック製品を和紙でコピーすることによって、朽ち、分解され、循環していく自然の摂理への畏敬と現代社会への問掛けと冀望を表現する。
記憶の中の錆/
展示をすると時々「何故、あなたはまだ若いのに、錆というような渋い表現をしているのですか」
と質問されることがありますが、それは遡ると幼少期の記憶にあります。
私の地元は島根県の山奥で、とても田舎でした。周囲に友達が少ないので、大抵1人で山に入って遊んだり、川を眺めて遊んでいました。
日本には四季があり、秋になると葉が紅葉し、枯れて、地面に落ちます。その葉がだんだんと土へと分解されてバラバラになっていく様にとても高揚感を覚えました。
無論、そのときの興奮した感覚は当時の幼い私には言葉で表現することは出来なかったのですが、その感覚だけがずっと残り、それが今の表現へと繋がっています。
やがて、日本の古典に触れるたび、常なるものは無い、つまり無常観というものだと理解しました。
日本の古典のひとつに、鴨長明が書いた、「方丈記」というものがあります。
その随筆の冒頭には大変興味深い内容が記されています。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。 」
河は絶えず流れ、流れる水も一つの場所に留まることはない。
川のよどみに浮かんでいる水の泡は、一方では形が消えてなくなり、
一方では形ができたりと、そのままの状態で長くとどまることもない。
この世に生きている人とその人たちが住む場所も、また同じようなものである。
という意味です。
また、鎌倉時代から江戸時代にかけて作られた、「九相図」(野外に打ち捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画)は美しい女性も死んでしまったらこのようになる。という色即是空の世界を表現しています。そこには、朽ちていくこと、錆びていくこと、老いていくこと、全てのものは移り変わっていく無常の美学があると感じました。
自身の作品は、「九相図」や「方丈記」を現代アートとして幼少の記憶を素に再構築しているものといえます。
2017年の東京都美術館での展示はその後、2018年 台湾で展示をさせていただきました。
引き続き、インスタレーション等の作品展示の表現を実現できるよう努めて参ります。
・下記URLより制作やアーティストとしてのインタビューに答えさせて頂いております。
・下記URLよりアート制作についての一部をご覧いただけます。
艺术家
Artist / 芸術家 / 錆和紙作家
伊藤咲穂(1989年島根県生まれ)は、山梨を拠点に活動するアーティスト。和紙による大規模な絵画制作や神社への奉納を通じて、自然と人との関わり、そして“礼拝としての芸術”の本質を探求している。
武蔵野美術大学でテキスタイルを学び、島根の石州和紙工房で修行し、“錆和紙”を発明。その後、金属・土・砂鉄・岩絵具・水干絵具を和紙に漉き込む独自の技法を確立。近年には日本画の伝統的な色彩や思想に着想を得て、独自の抽象絵画として展開している。
彼女の作品の根底には、“梵我一如”に通じる古神道的世界観——すなわち、人は自然と分かちがたく結ばれ、その恵みの上に生きているという思想がある。彼女にとって、その“人と自然を結ぶ象徴の姿”が神社である。
その土地の自然から素材を“お借りして”作品を制作し、芸術という人間的行為を通じて、その地の神=自然へと“お返しする”。この循環的行為は、自然の完全性と人間の意識的行為とのあいだに生まれる“礼拝のかたち”であり、創造とは、自然への感謝を人間の手で可視化する営みだと捉えている。
彼女にとって“水”は、生命を育み、風土を形成してきた貴重なものであり、感謝や畏れが信仰心と結びついた象徴的存在である。
伊藤は、そうした人と水との関係性を受け継ぎ、絵画の制作においても、水を単なる素材ではなく、和紙や岩絵具と並ぶ重要なマテリアルとして扱っている。制作の最終工程では、“落水”と呼ばれる和紙の伝統技法を用い、水を作品の上に撒くことで、風土と身体の交感を痕跡として刻む。
伊藤の活動は、神道美術における“見えないもの”を描こうとする精神の現代的継承である。神道では、神は姿を持たず、影や自然の現象を通じて顕れるとされる。伊藤はこの思想を抽象絵画として再解釈し、西洋美術における抽象表現主義と対話させながら、日本的霊性を現代の造形言語へと昇華させている。
人間は自然の一部でありながら、自然を敬い、感謝し、返礼し得る存在である。その意識の循環を芸術という形に結晶させること。それが、伊藤咲穂の芸術であり、神道の精神と現代美術の接点である。
2023年に出雲大社へ《命の礼拝》を奉納。2024年にはホテルJANU TOKYOに《青の礼拝》シリーズが常設展示されるなど、国内外で活動の幅を広げている。
















私が普段制作で使用する原料は、島根県で栽培された和紙の原料(楮)と、海岸で採取した砂鉄などを主に使っています。それは、産み出した作品がいつか土へと還ることができる、循環していけるようなシステムとしたいからです。表現の手法は様々ですが、和紙や紙の持つ可能性をアートというフィールドで広げたいと考えています。そのため支援して頂いた資金は和紙を広めるための参加型の活動や、作品の材料費、展示に関わる費用に使わせていただき、アーティストととしての仕事に尽くしたいと思います。どうぞサポートのほどよろしくお願いいたします。