あまま
制作年: 2026
素材・技法: 油彩, キャンバス
サイズ: 112 × 145.5 cm
エディション: 1点物、ユニーク
サイン:あり

About the Work
- 制作年
- 2026
- 素材・技法
- 油彩, キャンバス
- サイズ
- 112 × 145.5 cm
- エディション
- 1点物、ユニーク
- サイン
- あり
- クレジット
- ©Moemi Nakakoji / photo credit:O Gallery eyes
- 額装
- なし
- 作品証明書
- あり
- カテゴリー
- 絵画
- スタイル
- 抽象, 半抽象, 日常
Work Details
あまま
2026, oil on canvas, 112.0×145.5cm
作品のコンセプト・制作意図
入力してくださいある晴れた日、ベランダで植物に水をあげていた。
くすんだ色の葉がみるみる鮮やかな緑になって輝きだしたのを見ていると、キラッとして、あ、と思ったときには小さい虹が目の前にあった。
風が吹いて濡れた手の冷たさと土の匂いを感じた時、「自分はまだ何も知らないんだな。」と思った。
あの時私は確かに世界に触れたのだ。
こんな風に感じるのは決して特別な時ではない。
ただ街を歩いている時でも、ぼんやりと眺めている時でも、はっとして世界に気がつくのだ。
植物の緑。土の匂い。水飛沫と、虹と、体の振動、光、温度。
あの時をバラバラにならないように束ねたいと思うが、思い出そうとすると段々ぼやけていき、やがて掴みきれずに霧散してしまう。
こうして徐々に遠い記録になっていくのだろう。しかし、あの瞬間は確かにあったのだと、全てを描けたのなら。
だが全てを束ねることは非常に難しい。むにゃむにゃが生まれたようにみえても、まだ、ただのかたちがあるだけでせかいが立ち上がっておらず、言葉や筆がただ画面を撫でているだけであったりするのだ。
私たちは形を見ることに慣れていて、すぐにそこから何かをイメージすることができるが、それを頼りにしてしまうと絵のせかいではなく現実の世界に返ってしまう。
まなざしをもっと、もっと深くして覗き込んだ時、私は色によって絵のせかいへ入ってゆくのを感じた。それは同時に意識が頭から、体内へと潜るような感覚だ。
生成されゆくむにゃむにゃに命を吹き込むのは、私の感覚でもって受け止めた光や匂いたちなのだ。
私はいつも絵の中で散歩してもらえたらと思っている。近くて遠い、むにゃむにゃしたせかい。目で触りながらせかいを歩く時——それはすなわち意識が体内へと落ちる時——私がみた光や匂いたちと出会い、そしてあなたがいつか見た光や匂いたちにもたどり着くのだろう。(中小路萌美)
展示風景
動画
作品で表現したいこと
何気なく風景を見ていると、ふと目の前のものがよくわからないなにかにみえる瞬間がある。
驚き、よく見ようとするがそれはもうみることはできず見知ったものになっている。
「なにか」は、一体何なのか。
単に見間違えただけかもしれないが、いま自分が見ている世界はこれが本当に全てで、正しいのか。
知覚していないだけで一瞬みた「なにか」がいるせかいがあるのではないかと考えてしまう。
それを見た時――見ることを意識せず無意識に全体を捉えているような時――まなざしは風景を通り越した向こう側を覗いているような気がする。
「なにか」は知覚の周りに漂っているものなのかもしれない。
そんななにかが何かになる前の、ゆらゆらと曖昧なものを色やかたちで捉えようとしている。
タイトルに込めた想い
≪えくる≫≪ほの≫≪ぽふと≫…何かに似ているような言葉だが、意味は分からず、まるでどこか知らない場所の言葉のように感じるかもしれない。
これらは私が実際に見ていた風景で聞こえた音と音や、作品の色やかたちから聞こえてきそうな音を並べて入れ替え、組み合わせたもので言葉自体に意味はない。
このタイトルのつけ方は、作品を制作する過程ー風景をきっかけとし、20層30層と色を重ねながら再構成しかたちを生み出すーと共通させるためである。
画面内の色やかたちは何かを意味するものではないため、タイトル自体も文脈や意味から離れ、言葉によるイメージの固定を避けている。
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Artist
画家/painter
1988 兵庫県生まれ 2011 京都造形芸術大学芸術学部美術工芸学科洋画コース 卒業 2013 愛知県立芸術大学大学院美術研究科博士前期課程油画版画領域 修了 2012年より関西・東海を中心に個展・グループ展を多数開催。 宇宙探査機の形が好きだ。棒のようなものが飛び出ていたりころんとしていたり。専門知識のない私にはなぜああいった形になるのか詳しいことはわからないが、本当に必要なものだけで構成されてできた形なのだ。今まで宇宙に旅立っていった探査機たちをみるとそれぞれ独特の形をしていて、探査結果が重要なことはわかっているのだが、そんなツンツンころころしている彼ら自体に無性に惹かれてしまう。 私にとって絵を描くことは、宇宙の果てを見ようとするような、終わりのない旅だと思っている。 何十層と色を重ねながらかたちを再構成してゆく。完成図のないまま繰り返し探査し現れたものは、靄がかった青い空間をゆらゆらと漂うもの。それは私の宇宙の果てであり、さらに別の宇宙へゆくために必要なものだけでできた探査機でもある。 タイトルの「かぷたり」「ふあきあ」「こぽかん」といった言葉は何かに似ている様に思えるが、作品の色やかたちから聞こえてきた音を組み合わせたもので特に意味はない。言葉によるイメージの固定をできるだけ避けるためだが、まるで知らない世界の言葉のようである。 ボイジャー1号2号は打ち上げられて40年以上経ったが、まだ宇宙を漂い信号を送り続けている。私自身ともいえる探査機はどこにたどり着くのか。それは気まぐれに覗き込んだガラスの向こう側であったり、一瞬みたような気がしたなにかであったり、誰かの宇宙かもしれない。どんな信号が送られてくるのか。いくつも探査機を作って待っている。
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