blooming dots
制作年: 2020
素材・技法: ミクストメディア
エディション: 1点物、ユニーク
サイン:未設定

About the Work
- 制作年
- 2020
- 素材・技法
- ミクストメディア
- エディション
- 1点物、ユニーク
- サイン
- 未設定
- 額装
- なし
- 作品証明書
- 未設定
- カテゴリー
- パフォーマンス
- スタイル
- コンセプチュアル, 社会・政治・歴史
Work Details
【本作『blooming dots』について】
新型コロナウイルスが世界的に流行する中、 身体的接近を避けるためオンライン上でのコミュニケーションが増加しました。画面上には平面になった私たちの身体が集合し、意思疎通を図っています。
こうした現在の状況を踏まえ、<共感度の高い>、言い換えれば「<解像度の高い>身体のイメージをどう生み出し、どの様に他者と共有するか」を考えています。ディスプレイ上の解像度の落ちた身体に、私たちはどの様に寄り添うことができるのでしょうか。
このパフォーマンスではまず始めに、自分の身体を画面上のイメージとして捉え直し、経験的に獲得した自分の身体からその一部を引き剥がして距離を生み出すことを観客と一緒に試みます。それから他者化した自分の一部を匿名の誰かの身体のそのイメージと交換し、自分でない匿名の身体にどのくらい自分を接近させられるかを双方向から探ります。
このプロセスは音楽で例えるならば、視覚的なASMRを作ろうとすることと言えるかもしれません。音楽になる手前の解像度の高いプリミティブな音としての刺激が私にとってのASMRです。
つまりそれは、ASMRの様な身体的共感度の高い、言い換えれば個人的なものとなる手前の、ナラティブなものではない、匿名で解像度が高い矛盾した身体のイメージをどう作るかということだと考えています。
こうした前述したものへの時間が前半だとしたら、後半ではオンライン空間から離れて、オフライン上の上演空間でどの様に他人の身体といった距離のあるものと意思疎通を図れるかを探ります。
画面上の誰かの身体は、実空間で隣に座る相手よりも解像度が落ちるかもしれません。しかし逆説的に、イメージの解像度が落ちることでそのイメージの共感度は鮮やかになるかもしれません。
(これは比喩の話であり、パフォーマンスにおいて参加者同士は最大限距離を確保し、隣り合う様なことはありません。)
たとえ対象が肌の触れ合う親密な存在だとしても物質として絶対的他者であり、そのイメージが大部分の理解を生むほどの解像度を持つことはあり得ません。
それは自分の身体でも同じです。日々変わり続ける、サーモグラフィーの様な私にとっての私の解像度は目の前にいる他者よりも低いかもしれないのです。
満足な次元まで解像度をあげることが不可能だとしても、私はこの他者や自己への解像度を引き上げようとする試み、この距離のある分からないものへと寄り添おうとする態度は、現代社会でいま最も大切にされるべきもののひとつだと考えています。
本作では、このような試みが身体のイメージを作り出す小さなピクセルたちを開花させ、そのもの自身を超える何かを匂わせることを期待し、『blooming dots』と名付けました。
Exhibition Information
- 過去の展示
- CAF賞2020入選作品展2020.12.02 - 12.06

























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