フラワームーン 東京 2020
制作年: 2020
素材・技法: 銀塩
サイズ: 8×10インチ、11x14インチ、16x20インチ、20x24インチ
エディション: エディション有
サイン:未設定

About the Work
- 制作年
- 2020
- 素材・技法
- 銀塩
- サイズ
- 8×10インチ、11x14インチ、16x20インチ、20x24インチ
- エディション
- エディション有
- サイン
- 未設定
- 額装
- なし
- 作品証明書
- 未設定
- 作品の販売元
- ハービー・山口
- 発送元地域
- 未設定
- 発送までの日数
- 未設定
- カテゴリー
- 写真
- スタイル
- その他
Work Details
窓か見たスーパームーンですが、5月はフラワームーンと呼ぶそうです。コロナと戦っている私たちを心配そうに見守っている様でした。
2020年撮影
<作品情報>
size: 8×10インチ、11x14インチ、16x20インチ、20x24インチ
Price: ¥55.000(税込)、¥88.000(税込)、¥165.000(税込)、¥220.000(税込)
Edition: 10
質問1. Stay Home中は制作活動を行っていますか?
外出自粛中に限ったことではないのですが、日々の行動の中で「これは!」と感じたものに対し、ほぼ100%シャッターを切ようにしています。
外出自粛という前代未聞のこの時期には、今だからこそ撮れるものがある筈だと、自宅の中でシャッターを切っていました。振り返りますと、いつの時代もネガティブに思えることをポジティブに転化して生きるのが人生だと思います。
質問2. 家にいる楽しみは何ですか?(何をやっていますか?)
写真家の性というのでしょうか、一枚でも気に入った写真が撮れた日は幸せでいられます。ですので、撮れた写真を何度も眺めています。
また部屋に気に入ったオーディオがあるので、インターネットラジオで海外の好みのラジオ局を探しすのが好きです。最近ですが、アメリカのローカル放送局で、静かなジャズばかりを流している局を見つけました。
質問3. この作品を作った(撮影した)意図・背景を教えてください
外出自粛をきっかけとして、この窓からベランダ越しに見える風景に愛着を感じるようになりました。季節によって、また時刻によって刻々と変化する自然の営みを、窓からの風景として記録したいと思っています。2020年にはスーパームーンは数回ありますが、スーパームーンはいつも、地球で生きている私たちを心配しながら、見守ってくれているように思えます。
愛用のカメラをプリントの上に置いて撮影しました。
Exhibition Information
- 過去の展示
- 企画展「STAY HOME, YOUR HOME」2020.05.22 - 06.21
How to Buy
この作品は購入が可能です。
¥50,000
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Artist
写真家 エッセイスト
大学卒業年の1973年に渡英し10年間を過ごす中、劇団の役者など経て写真家となり、パンクロックやニューウエーブの時代を現地で経験した。写真の他、エッセイ執筆、ラジオのパーソナリティー(現在はFMヨコハマ毎週金曜日18:21〜18:40「ハービーズレイディオ」を担当)、さらには布袋寅泰のアルバムには作詞家として参加したこともある。常に生きる希望をテーマとした温かな視点で捉えた人物写真は幅広く支持されている。 1950年等京都出身写真家 現在70歳。東京経済大学経済学部卒業。卒業年の1973年に渡英し10年間在住。最初の8年間は一度も帰国しなかった。ミュージシャンのツトム・ヤマシタ率いる劇団「レッドブッダ」に役者として参加し、ロンドンをはじめヨーロッパの数カ国をツアーし100回の舞台出演を経験した。同劇団出身の写真家にはパリで活躍した田原桂一氏がいる。劇団退団後ロンドンの写真家集団「クオリティ・オブ・ライフ」に参加しロンドンの国立劇場でグループ写真展「クオリティ・オブ・ライフ」に参加する。この間マグナム所属の写真家ジュセフ・クーデルカと出会い、親交は現在も続いている。ロンドンで活動中、折からのパンクロックやニューウエーブのシーンに触れ、多数のミュージシャンのポートレイトを撮影。中でも偶然に地下鉄の駅で出会ったザ・クラッシュのジョー・ストラマーとの逸話は有名で、「撮りたいものは全て撮るんだ、それがパンクなんだ!」との彼が言い放った言葉は多くの人々に、生きる信念を与えている。この時の写真のオリジナるプリントは映画監督のフランシス・コッポラ氏の娘ソフィア・」コッポラ氏も所有している。1980年代半ばに活動を日本に移し、BOOWYなどの日本のアーティストを撮影し、布袋寅泰のソロアルバム「ギタリズム」では作詞家として参加している。また福山雅治のツアーを追いかけた写真集を担当し多くのファン層から支持を受けた。1988年に開局したJ-WAVEでは開局時に25時〜27時の生放送を担当しラジオのパーソナリティーを経験する。その後もJ-WAVE「ヒール・ザ・フィーリング」、文化放送「シルキー・ワールド・」ミュージック」T-FMで「エビス・バー」, ミュージック・オン・TVで「the roots」、BS-TBS「ミュージック・タイド」などのラジオ、テレビ番組を写真家活動と並行して担当した。CDジャケットは、エレファントカシマシ、ドリカム、福山雅治、ザ・ブーム、山崎まさよし、松任谷由美、ARB,由紀さおりなどを手がける。またこの間、音楽雑誌「ロックン・ロール・ニューズメーカー」でエッセイを20年間連載し、その後エッセイ集を数冊出版。写真、エッセイ、ラジオやテレビの表現手段を駆使し、「生きる希望」を感じさせることをテーマとしている。それは生後間もなく、結核性の疾病であるカリエスを腰椎に患い、発病後10年間をコルセットをしての生活を余儀なくされ、学校では体育の授業には参加出来ず、友人もいなく孤独と絶望の日々を送ったことから授かったテーマとして、現在も進行中である。中学1年生でブラスバンドに入部しフルートを手にしたが、半年で脱落、その後に入部した写真部で自分に適した表現手段に出会った。以来写真家になりことを夢見ての学生生活であったが、平均的な体力を手にしたのは10代の終わりになってからのことだった。20歳の頃友人たちとバンドを組み、中学生以来再びフルートを手にした。このバンドの中で洋風のニックネームを付けるムーブメントが起こり、好きだったアメリカのジャズフルーティスト「ハービー ・マン」からハービー のニックネームを自分に命名した。時を同じくして、医師から、あまり激しい運動をしなければ、今後通常の生活が出来ることを告げられ、改めて生きる希望を写真のテーマにすることを確認し、この時についたニックネームで残りの人生を生きていこうと思いつた。優しく温かい写真やエッセイなどに共通する作風は、この生後間もなく背負った長い負の体験が作ったものだと自認している。2014年、ドイツのカメラメーカーであるライカ社が100周年を迎えるのに際し、100周年を記念して企画された写真展と写真集「Eyes Wide Open 100years of Leica Photography」には過去100年のライカの歴史の中で、世界から選出された140人のライカを使う写真家の一人として作品を提供している。2011年日本写真協会賞作家賞受賞、現在大阪芸術大学、九州産業大学で客員教授を勤めている。ロンドン時代のパンクロッカーから授かった「STAY PUNK」(妥協のないことをやろうぜ!)の精神と「STAY HOME」を掛け合わせ、このコンセプトが始まった。
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