新年明けましておめでとうございます。
川島桃香
アーティスト
アーティスト
「喪失が生じた後において、実体のない他者を愛し続けることは可能であるのだろうか」 という問いを軸に、絵画・インスタレーション・詩を横断しながら制作を行っている。
川島桃香は、「喪失が生じた後において、実体のない他者を愛し続けることは可能であるのだろうか」 という問いを軸に、絵画・インスタレーション・詩を横断しながら制作を行っている。
私たちは他者をどのように記憶し続けるのか。 他者の不在が決定的となったとき、その輪郭はどのように変容し、私たちの内部に留まり続けるのか。 川島の作品において、「君」と呼ばれる存在は、単なる個別的な存在を超え、「他者の不在そのもの」を指し示す。
近年は、詩やテキストを起点とし、言葉が持つイメージや空気感を、絵画やインスタレーションへと変換する制作手法を探求している。言葉の持つ具象性と、絵画の持つ非言語性の間に生まれる「翻訳のずれ」を意識しながら、記憶や喪失の輪郭をなぞるように制作を行っている。
2025年に発表した《私たちが選択した生存を、誰にも蹂躙させないと、今ここで宣言してみせる》 では、「800日間生存し続けた証」として、800枚の耐震マットに指紋を押す という行為を通して、「君」との約束を可視化した。 指紋は、個人を識別する記号でありながら、そのわずかな凹凸によって私たちの行為を支える機能を持つ。 この作品では、指紋を「描画行為」として捉え、耐震マットに押し続けることで、私が800日間生存し続けた「証」とした。しかし、800日目を迎えた今、その指紋は「君」を遠ざけ、私自身の生存を肯定するものへと変容してしまったのではないか——その問いは、現在の制作へと接続されている。
新たな制作では、詩と絵画の関係性を再考しながら、「君」の不在を記録する手段としての絵画を模索している。 詩において、「君」と「私」の対話を継続することで、他者の不在と向き合うことは可能なのか。 詩を起点に制作された絵画が、それ自体の「場」を持つことで、新たな対話の可能性を開くことはできるのか。 自己と他者の境界が曖昧になるとき、「他者の記憶」はどこまで維持されるのか。
こうした問いを抱えながら、川島は「喪失の後における他者の在り方」について、探求し続けている。