
關於作品
- 製作年份
- 2015
- 材料或技法
- 控制板, 丙烯酸纖維, 畫, 其他的
- 尺寸
- 100×100cm ×10セット
- 版本
- 獨特
- 簽名
- 沒有設定
- 畫框
- 不包含
- 作品證書
- 沒有設定
- 類別
- 繪畫
- 風格
- 其他的
作品詳情
コンセプト
ものについての意味を考える日が続いていた。そして、自分はなぜ作品を作っているのかも同時に考えていた。作ることは……。
私は、広島のコンビニ一つない田舎で育ち、大学入学で上京し今にいたる訳である。広島の小、中学校では6月頃から平和習慣たる行事があり、内容は北朝鮮や韓国の同世代の方々と文化交流を通して平和を考え、学ぶことを目的とした行事が毎年組み込まれていた。こういった行事は東京に来るまでは、全国の学校で当たり前に行っている事だと思っていた。また、8月6日に合わせて全校生徒ひとり一人に折り紙を2,3枚から多いときで10枚程度配られ、千羽鶴を平和記念公園に寄贈するために折鶴を折る習慣も当たり前の事と思っていた。そんなこともあって僕の知る限りの広島の知り合いは大体、折鶴が折れるのだ。
私の幼少期は祖母が被爆者で被爆によって糖尿病を若いうちから患っており、その病院検査の帰りに原爆資料館に幾度となく連れて行かれていた。原爆が落とされた当時の状況の話を聞きながら見るその光景は恐怖そのものでしかなく、その日は気の晴れない一日だったと明確に覚えている。夢に出てくるまでの怖い体験だったからだ。このような体験をもとに制作したのがこの「仮説としての平和」である。
折鶴の折り目の展開図を一枚のパネルに横10枚、縦10枚の100枚分を印刷し、そのパネルを10枚枚用意して千羽鶴分の折り目のパターンになるようにした。そして、夏休みを利用して大学の後輩に協力してもらい、10数人の共同作業でそこに色を塗っていった。この時期は、ちょうどニュースで韓国、中国政府が日本政府に対して領土・領有権について主張し、日本政府の曖昧な対応の結果、現地の日本企業に対しての暴動を招く荒れた報道が絶え間なく流れていた時期であった。この問題を解決することは難しいと思いながらも、純粋になぜ同じアジア人同士で仲良く出来ないのかと、心から残念で仕方ないと思いながらテレビを観ていた。そんな時にふと、縄文人は集落ごとに食糧が採れる土地を、争いを避ける為に満遍なく分けていて、その結果ほとんど民族間での争いがなかったことを本で昔読んだことを思い出した。そこをヒントに千羽鶴の折り目のパターンを地図と見立て、数学の四色問題のようにして、4つの人種の肌の色を隣り合わないよう数も均等に、見た目の面積も大小偏らないように塗っていった。赤、黄、白、黒、各18000箇所。
子供の時に鶴を折ることで争いがなくなると純粋に思っていたことを思い出し、平和を祈って。
















昨年末まで会社員と作家業とを二足の草鞋として務めていましたが、時間という制約の中ではどうしても限界を感じてしまい、作家業に専念することを決意しました。今年はコロナの影響もあって先の見えない状況が続いていますが、これまで培ったスキルを生かして精力的に個展や新規プロジェクトを立ち上げる予定です。ご支援いただいたお金は作品制作費として大切に使わせていただきます。何卒よろしくお願い申し上げます。