
关于作品
- 制作年份
- 2020
- 材料或技法
- 纸, 墨水
- 版本
- 独特
- 签名
- 没有设置
- 画框
- 不包含
- 作品证书
- 没有设置
- 类别
- 书法
- 风格
- 抽象的
作品详情
◯nebula 「TAMA SEE NATION」
いま僕はnebula 「たまSEEネイション」(タマシーネイション)にいる。
かつて陸の孤島と呼ばれた西彼杵半島の小さな町にあった、あるパチンコ屋の跡地だ。
借りることになって初めて訪れたときに感じたのは、場にこびりついた気配のようなもの。これは別になにかホラーな感じというわけでもなく、やはり無数の人が出入りしていた場所というのはおのずとなんらかの気配を宿すのだと思う。
まして、元がパチンコ屋である。
「一発当てちゃる」と意気込んで入って、札を玉に替えて打つんだから、欲望や興奮、射幸感や落胆、さまざまな感情がバリバリと鳴る銀玉の喧騒やタバコの煙と共に渦巻いていた場所に、そうしたものがなにも残らないほうが不自然なのだ。これは場の必然だと思う。
台を見定め、席に座り、金を玉に替え、台に流し込み、トリガーを握る。そして台の中を小刻みに跳ねるパチンコ玉をじっと見ている。がらんどうになったパチンコ屋の跡地にずらりと並ぶパチンコ台が現れ当時の残像が、僕の目の前に現れる。
ここはまるで、一種の特別行政区、この域内だけのルールを持つパチンコ玉の「国」のようである。みんなが一様にトリガーを握って、玉を見つめる、そんな国。ーーーーたまSEEネイション。
そんな言葉ががらんどうの宙空に降りてきた。そもそものこの一連の作品はそんなところから始まった。
毎日夜になるとそこへ足を運び、思索を巡らせる。
あるとき、ふと「パチンコ玉ってどうやってできているんだろう?」ということが頭をよぎった。
たとえば融けた金属を型に流し込むなり、切り取って丸められるなりして作られるのだろうか?そんなところから、パチンコ玉の製造過程への根拠のない、理屈から離れた空想が動き出した。
光る鏡のような銀色の金属で出来ているパチンコ玉は、それになる前は液体のような状態、つまり、形を持たぬまま延びてたなびく運動体のような状態にあったのではないか。そうした一粒の玉になる前の想像がひとりでに紡ぎ出されていく。
やがてそれはパチンコ屋の天井を突き破って静寂の暗闇の宙空へと僕のイマジネーションを導いていく。
ちょうど暑さの盛りが過ぎ、天の川の美しさのピークが訪れる9月のことだった。幼い頃、電灯ひとつないこの町の暗闇の頭上に燦然と瞬く満天の星々。その息を飲むほどの美しさと荘厳さに心底驚いたことをいまだによく覚えている。
そのフラッシュバックはさらに千万億兆の時間をスリップして、人知を遥かに超えたものと、小さなパチンコ玉の生成過程を流転しながら接続する。
期せずして訪れる出会いは、普段「大人の理屈」で矮小化される想像力を解放し、縦横無尽な精神はのびやかに息を吹き返す。
生活のために日々私たちは奔放に運動する心に蓋をして、さらに閉じ込められた心を削り取り、差し出して対価を得ている。押さえ込んでいた何かを取り戻すかのように、そうして得た対価を、僕は紙や材料に注ぎ込み、かつて無数の感情が渦巻いていた星雲「たまSEEネイション」に遊んでいる。
「こちら、nebula タマシーネイション、リレーショナルな存在、応答せよ。」
展览资讯
- 过去的展览
- ハシグチリンタロウ 個展「たまSEEネイション」2020.12.19 - 12.27
艺术家
書家/WLIGHTE
1985年 長崎県生まれ。2004年 福岡教育大学書道課程に入学。10代の頃PUNKに出会い、創作活動の原点となる。伝統的な書を学ぶも、60年代の前衛芸術、特に井上有一の「書は万人の芸術」という考えに触発され「日常を生きる為のエネルギー」として書を展開。日々生活の中で閃くインスピレーションを断片的な言葉によってノートに書き付け、それらが反応を起こす中で造語や造字の塊のような形を成していく。「もじだま」とでもいうべき、融合・分離・変化する「WORD MUTANT」と呼ばれるそれらは、毛筆代わりのタオルによって大判の紙の上で縦横無尽に遊んでいる。
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いつも作品をご覧くださりありがとうございます。
今回は旧パチンコ屋の跡地を会場としていて、そこに毎日通う中で生まれたシリーズです。
パチンコ屋のスタイルに倣い、チャリンとstickerを投じて楽しんでいただけたら嬉しいです。
3000円以上のstickerを送ってくださった方で、メッセージにて宛先を指定してくださった方には、御礼としてミニZINE「nebula たまSEEネイション(secret decryption book)」1冊をお送りいたします。