
About the Work
- エディション
- 1点物、ユニーク
- サイン
- 未設定
- クレジット
- Phote:Ken Kato
- 額装
- なし
- 作品証明書
- 未設定
- カテゴリー
- インスタレーション
- スタイル
- コンセプチュアル
Work Details
本展で諏訪綾子は、誰もが個人的にもっている記憶をテーマに新たな「食」の表現に取り組みます。諏訪は、記憶を私たちの意識であると同時に無意識でもあり、私という自己そのものと捉えます。展覧会を通じて記憶を美しくかけがえのない珍味として「あじわう」ことで、「わたし」自身をあじわう体験の創出に挑戦します。また、本展で諏訪が表現する「食」の体験は、自然の美しさや儚さを感じ、それを和歌に詠み、香を聞き、茶を点てるという遥か昔から日本人が行ってきた他者との「感覚の共有」であり、同時に日本人の美意識や精神性を育んできた「自然からのインスピレーション」を受け取って自らの感覚を研ぎ澄ませるという体験でもあります。
展示会場には、諏訪が様々な香りから調合した数種類の「記憶の珍味」を来場者が実際に あじわうことで、自身の記憶を呼び起こす体験の場が設けられています。また、自然の中から生じた 有機的なかたちをともなった「記憶」をあじわうための幾つものツールがインスタレーションとして 展示しています。
会期中には、不定期に、ギャラリー内で、諏訪自身が自らの記憶をゲストとともにあじわい、 その感覚を共有する参加型のパフォーマンスを実施。諏訪自身がその場でもてなす生の「記憶の珍味」をあじわうことは、ゲストにとってそれぞれの個人的記憶を共有することが できるようなリチュアルでドラマティックな体験を生み出します。
現代の文明社会に生きる私たちにとって、自然に寄り添い感じ取られる感覚を他者とともに 共有することは、もはや貴重な経験となったのではないでしょうか。
本展で、来場者はあじわい を通じ自らの記憶を他者と共有することによって次第に開かれていくコミュニケーションを体験するとともに、「自然からのインスピレーション」を体感することでしょう。
そして、それは日本人が受 け継いできた繊細な美意識や内面的な精神性という捉えがたい感覚を他者と共有し、「わたしと は何ものなのか」という問いに想いを馳せる機会となるはずです。
「いつの日か最後の晩餐には
『記憶の珍味』をあじわいたい
わたしたちは記憶の中に生きている
記憶がわたしをかたちづくっている
子供の頃の記憶、あの時の記憶
それから、おとといの記憶、今朝の記憶、1分前の記憶
そして、生まれる前の記憶
それは時に、にやけてしまいながら、たぐりよせながら、せつなくなりながら
忘れたいと思いながら、あじわっている
記憶は、意識であり、無意識であり、わたしそのもの
記憶を美しい珍味として
嗅いだり、舐めたり、咀嚼したり、飲み込んだりしながら
わたし自身をあじわっている
そしてその瞬間さえもあたらしい記憶となって
珍味はますます熟成する
あじわうほどにあじわい深く
噛みしめるほどにうまみを増す
美しい記憶の珍味は、あなたの中にある」
諏訪綾子
Exhibition Information
- 過去の展示
- 諏訪綾子展「記憶の珍味 」2020.01.18 - 03.22
Artist
アーティスト
あじわうことは進化すること 金沢美術工芸大学卒業後、2006 年より food creation の活動を開始、主宰を務める。欲望、好奇心、進化を テーマにした食に関する作品をパフォーミングアート、インスタレ ーション、ダイニングエクスペリエンスなどの手法で数多く発表。 本能的な無意識の感覚に訴えることのできる表現の媒体として 「食」を扱い、感情、記憶などの内在する感覚を「あじわい」で伝え ることで、体験者に新たな問いや発見をもたらす作品が特徴。 美食でもグルメでもない、栄養源でもエネルギー源でもない新た な食の可能性を追求している。 2008 年、金沢 21 世紀美術館で初の個展「食欲のデザイン展 感覚であじわう感情のテイス ト」を開催。現在までに東京・金沢・福岡・シンガポール・パリ・香港・台北・ベルリン・バルセロ ナなど国内外で「ゲリラレストラン」、ダイニング エクスペリエンス「Journey on the table」を開 催。2014-15 年、金沢 21 世紀美術館 開館 10 周年記念展覧会「好奇心のあじわい 好奇心 のミュージアム」を、東京大学総合研究博物館とともに開催。2019 年「Journey on the Tongue」 が EU とアルスエレクトロニカによるアワード「STARTS Prize」の Winners に選定される。
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記憶を美しい珍味として、嗅いだり、舐めたり、咀嚼したり、飲み込んだりしながら、わたし自身をあじわう体験を。