
關於作品
- 製作年份
- 2025
- 材料或技法
- 紙, 柔和的
- 尺寸
- 650mm×500mm
- 版本
- 獨特
- 簽名
- 不包含
- 畫框
- 包括
- 作品證書
- 不包含
- 類別
- 繪畫
- 風格
- 自畫像
作品詳情
作品タイトル・コンセプト
Drawing of "人を馬鹿にするのも人”
2025
紙、パステル
650mm×500mm
この作品は「人を馬鹿にするのは人」を元にしたドローイング作品である。
元作品のコンセプトは以下の通りである。
この作品は佐賀のバルーンフェスタに行く道中での経験をもとに制作をしたものである。
そのイベントに行くために電車に乗ったのだが、もの凄く混雑していたのを覚えている。
満員電車の中、ふとある学生たちの話し声に耳が傾いた。
聞くところによると彼らはこれから学校へ行くのだという。
おそらく部活動か勉強のためだったかと思われる。
片方は言った。
「たかがバルーンを見るためだけにこんなに必死になるかね。」
もう片方は言った。
「あまりそういうことを言うなよ。俺ら以外それを見に行く人たちばかりなのだから。」
片方はそれに返した。
「俺たちは試験があるし、部活もあるんだ。こんな満員電車に乗ってしまうとは不幸だ。」
その言葉は小さくも電車内に鋭く響いていたようだった。
私も前は学生たちと同じようになぜそこまでしてそれに行くのかと思っていた。
しかし、この時はそう思われる側に立っていたのだ。
私は彼らのそんな状況を自分に置き換えることは容易かった。まるで自分を見ているかのようだった。
人はどこか被害者ヅラをして、他者と自己を区別して自分は救われる、救われていると考える心理を持っているのだと思った。
そして他の乗客もその心理を持っているのではないかと思ってしまった。
人を馬鹿にする人も同じ人である。そう考えると社会的な身分を通り越して、全ての人をフラットに見れた気がした。
電車内はそんな人で満ちていると考えた時、たまらずそれを滑稽だと思いたくなった。
この作品はその高校生達への嫌悪が始まりであったが、最後は私への嫌悪と自嘲、人という存在を均一的に見ることに帰結した。自分の容姿を用いたのも彼らを否定したいわけではないからこそである。






