
关于作品
- 制作年份
- 2024
- 材料或技法
- 油画, 帆布
- 尺寸
- 14 × 18 cm
- 版本
- 独特
- 签名
- 包括
- 制作人员名单
- ©Moemi Nakakoji / photo credit:O Gallery eyes
- 画框
- 不包含
- 作品证书
- 没有设置
- 类别
- 绘画
- 风格
- 抽象的
作品详情
しよく
2024, oil on canvas, 15.8×22.7cm
個展
遠い色
Oギャラリーeyes/大阪
2024.4.15 - 4.20
「人は生まれながらに色彩を持って生まれる。それがピンクだった。」
2023年多摩美術大学にて画家 松本陽子氏(1936~)のトークイベントでのこの言葉が心に残った。
自分が生まれ持った色は青色だろうか。どの作品もそれぞれ別の風景なのだが最後には一番大きなかたちが青系になることが多いのだ。
なぜ青なのかと問われることも多いが、自分でもよくわからなかった。あえて言うなら、描くきっかけは外の風景ばかりで必ず上に空がある。だから無意識に水色やグレー、薄ピンクなどになるのではないかと考えていた。
空についてふと思い出したことがある。子供の頃、暗いうちから山へ登り、朝日が昇る様子をただ眺めに行っていた。
太陽が昇るにつれ空がじわじわと濃紺から薄い青へ変わる。光は白く、木々に色がつき、座っている岩が光り始める。徐々に輪郭線がはっきりして自分と周り、物と物の境界ができていくような感覚。
また日が落ちる前に登り、夕焼けを眺めるときもあった。ほんの短い時間だけ空は赤やオレンジ、ピンクに染まる。その後は徐々に物の輪郭がぼやけ、全てがひとつになって濃い青に飲まれるのだが、なんとなくぬるりとした感触がして恐ろしい色だと思ったことを覚えている。
レベッカ・ソルニットは「青は決して到達できない隔たりへの、その青い世界への憧れの色だ。」と言う。
地平線、はるかな山並み、遠方にあるもの。隔たりの向こうにあるのは内面の色だ。孤独と憧憬の色。こちらからみえるあちらの色。自分のいない場所の色。そして決して到達することのできない色。なぜならその青色は何マイルか先の地平線にあるのではなく、その山と自分を隔てている大気が帯びている色だから。
こうした経験が私の中に青をもたらしたのか。それとも持って生まれたものだから無意識に確認しに行っていたのだろうか。
作品に現れる青は、もしかすると到達できない色を、到達できない絵のせかいと重ねていたのかもしれない。
※引用文献:レベッカ・ソルニット『迷うことについて』東辻賢治郎 訳(左右社)
【作品のコンセプト】
何気なく風景を見ていると、ふと目の前のものがよくわからないなにかにみえる瞬間がある。
驚き、よく見ようとするがそれはもうみることはできず見知ったものになっている。
「なにか」は、一体何なのか。
単に見間違えただけかもしれないが、いま自分が見ている世界はこれが本当に全てで、正しいのか。
知覚していないだけで一瞬みた「なにか」がいるせかいがあるのではないかと考えてしまう。
それを見た時――見ることを意識せず無意識に全体を捉えているような時――まなざしは風景を通り越した向こう側を覗いているような気がする。
「なにか」は知覚の周りに漂っているものなのかもしれない。
そんななにかが何かになる前の、ゆらゆらと曖昧なものを色やかたちで捉えようとしている。
【作品タイトル】
≪えくる≫≪ほの≫≪ぽふと≫…何かに似ているような言葉だが、意味は分からず、まるでどこか知らない場所の言葉のように感じるかもしれない。
これらは私が実際に見ていた風景で聞こえた音と音や、作品の色やかたちから聞こえてきそうな音を並べて入れ替え、組み合わせたもので言葉自体に意味はない。
このタイトルのつけ方は、作品を制作する過程ー風景をきっかけとし、20層30層と色を重ねながら再構成しかたちを生み出すーと共通させるためである。
画面内の色やかたちは何かを意味するものではないため、タイトル自体も文脈や意味から離れ、言葉によるイメージの固定を避けている。








































作品をご覧いただきありがとうございます。
ご支援いただいたお金は今後の作品制作や展覧会開催の為に大切に使わせていただきます。
今後も制作、発表していくために、皆様にご支援いただけますと幸いです。
よろしくお願い申し上げます。