
关于作品
- 制作年份
- 2023
- 材料或技法
- 油画, 帆布
- 尺寸
- 14 × 18 cm
- 版本
- 独特
- 签名
- 包括
- 制作人员名单
- ©Moemi Nakakoji
- 画框
- 不包含
- 作品证书
- 没有设置
- 类别
- 绘画
- 风格
- 抽象的
作品详情
ことん
2023, oil on canvas, 14.0×18.0cm
Private Collection
個展
まなざしのゆくえ
Oギャラリー/東京
2023.8.7 - 8.13
「環世界(Umwelt)」説というものがある。
これは大きな世界の中に生物が存在し、同じものを同じように見ているというわけではなく、個々の生物がそれぞれの発達した感覚器官によって独自に捉え構築した世界としての環境が無数にあるというものである。
犬や鳥など他の生物の世界は私たちが構築した世界とは大きく違うだろうが、もしかすると同じ人間同士であってもそれぞれ見えている世界は違うのかもしれない。
見ることを意識せずぼんやりと全体を眺めているような時、形の意味がわからず不可解なものが見えることがある。
単に見間違えただけかもしれないが、その瞬間、別せかいをみたような感覚になるのだ。
それは自分の環世界(Umwelt)の端にほんの少し「なにか」が触れたからなのかもしれない。
なにかがいる別せかいとは、まなざしが風景を通り越した向こう側、自分が知覚している世界のその先にある。
まなざしや感覚によって世界を構築しながら無意識に風景を通り越し、
何かに触れ知覚しては(あるいは知覚せずに)、新たな世界を知り(あるいは知らずに)、また遠くを見る。
この一連の営みは、私だけでなく誰もが日常的に常に繰り返し行っているのではないだろうか。
自身の感覚で受け止めた世界は、他の人とは何かが違う、ズレや歪み、あるいは鮮明な部分がありながら、層のように積み重なり厚みのある空間が構築されているのだろう。
世界(せかい)は人の、生物の数だけある。
中小路 萌美
【作品のコンセプト】
何気なく風景を見ていると、ふと目の前のものがよくわからないなにかにみえる瞬間がある。
驚き、よく見ようとするがそれはもうみることはできず見知ったものになっている。
「なにか」は、一体何なのか。
単に見間違えただけかもしれないが、いま自分が見ている世界はこれが本当に全てで、正しいのか。
知覚していないだけで一瞬みた「なにか」がいるせかいがあるのではないかと考えてしまう。
それを見た時――見ることを意識せず無意識に全体を捉えているような時――まなざしは風景を通り越した向こう側を覗いているような気がする。
「なにか」は知覚の周りに漂っているものなのかもしれない。
そんななにかが何かになる前の、ゆらゆらと曖昧なものを色やかたちで捉えようとしている。
【作品タイトル】
≪えくる≫≪ほの≫≪ぽふと≫…何かに似ているような言葉だが、意味は分からず、まるでどこか知らない場所の言葉のように感じるかもしれない。
これらは私が実際に見ていた風景で聞こえた音と音や、作品の色やかたちから聞こえてきそうな音を並べて入れ替え、組み合わせたもので言葉自体に意味はない。
このタイトルのつけ方は、作品を制作する過程ー風景をきっかけとし、20層30層と色を重ねながら再構成しかたちを生み出すーと共通させるためである。
画面内の色やかたちは何かを意味するものではないため、タイトル自体も文脈や意味から離れ、言葉によるイメージの固定を避けている。








































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