曽爾村のテーマである「地」
植物は地から生え、そびえる山は大地から隆起してきた。 「地」は育む苗どこであり生命の塊、生きた塊、
人と自然を分けて考えがちであるが、同じ生命体である。 ルート上に設置している「目」に対して片目を閉じ背景の対象(山や空や森や岩など)に「重ねる」ことで、一つの生命に見えてくる。 普段見えていない生命としての認識を喚起する。 そして日本には太古から「八百万神」の考え方があり、いたる所に神が存在し
それらを無意識の中で受け入れる土壌が日本にはある。
また「目」と「背景の対象」を重ね合わせ、カメラで撮ることで写真の中に一つの存在として定着させることかができる。
便宜上、次元を活用しますが4次元を2次元にしてしまう写真、そこには失われた次元があるのですが
奥行きや時間を経験し知っている我々には写真という2次元(平面)に対しても4次元(立体+時間)として捉える感覚が備わっています。
写真を見る事で体験としての風や空気、音、匂いすらたち上がる事もあるのです。
またこの行為を拡張していく事で日食や月食が太陽と地球と月の重なりであるのを思い浮かべる事もできその中に私たち自身も存在するのです。





