川島桃香

君のいる場所だけが温室であることを祈って

君のいる場所だけが温室であることを祈って

川島桃香

アーティスト

About the Work

制作年
2025
素材・技法
油彩
サイズ
14 × 18 cm
エディション
1点物、ユニーク
サイン
あり
額装
なし

Work Details

ガラス飛散防止フィルム加工キャンバスに油彩

Artist

川島桃香

アーティスト

川島桃香の制作は、「喪失が生じた後においても、実体のない他者を愛し続けることは可能か」という問いから始まる。彼女の作品において「君」と呼ばれる存在は、もう二度と会うことはほとんど叶わない特定の個人に向けた呼称から始まり、徐々に喪失された他者全体の象徴として立ち現れる。その不在がどのように私たちの内部に留まり、変容し続けるのだろうか。川島は、記憶という不定形な存在の変貌を、絵画・インスタレーション・詩・テキストを中心とした表現によって表出することを試みる。ジャック・デリダは『アーカイブの病』において「記憶は保存の過程で本質を失う」という逆説を指摘した。この構造は川島の制作と深く結びついている。「君」を記憶・記録しようとする行為は、同時にその本質を変容させ、あるいは喪失させてしまう可能性を孕んでいる。しかし、この矛盾に向き合い続けること自体を、愛するという営みのひとつとして捉えている。また、テキスト表現においても「君」と「私」の対話や反芻の有限性を基軸に据えている。自身の言葉を絵画やインスタレーションへと変換することで、言語と非言語のあいだに生じる越境しきれなさを、「翻訳のずれ」として捉える。何度も言語と非言語を行き来することで、翻訳のずれが埋まったり、逆に広がったりする。その様が表象したい「君」の不在になるまで繰り返す。近年は記憶の中の他者を縁取るために、防炎フィルムや防犯フィルムといった半透明〜透明な支持体を選ぶことが多い。これらは生存や防御に関わる素材であり生存を選択する者が手にするものである。作品は光源の位置によって表情を変え、ひとつとして同じ姿を保たない。こうした変化は、生存を選択し続ける限り変容し続ける存在のあり方を想起させる。一方で、防炎素材の上に油彩という可燃物を重ねる技術的な矛盾は、「君」を描き続けることそのものの矛盾を映し出している。川島は、この逆説を抱えながらも「君」の不在を形にし続けている。形あるものとして留めようとすればするほど、作品は「君」そのものではなくなっていく。しかし、それでもなお、作品において「君」と名付け続けることによって、「君」を代替不可能な存在のことを信じていたいのだ。

最終更新日2025.05.16