hasaqui yamanobe | 山之辺ハサクィ
美術家
美術家
山之辺ハサクィは哲学の一領域である美学、特に18世紀ドイツの啓蒙思想家G.E.レッシングの『ラオコーン』について研究を行い、2009年に東京芸術大学大学院美術研究科を修了。その後も『ラオコーン』及びその影響の系譜について関心を持ち続け、2016年後半より “Towards a Newest Laocoön”を志向した制作を開始した。2019年からは美術理論・批評と機械学習の領域を横断する制作に取り組み、画像生成による造形に挑んでいる。2020年のコロナ禍以降は在宅という制約もあ り自宅での速記的なドローイング、ペインティングの制作を中心として継続し、新たな制作のモードを展開している。
<アートワールドは解決を待っている魅力的な問題でいっぱいだ>
これは、エリック・S・レイモンド『ハッカーになろう』にある「この世界は解決を待っている魅力的な問題でいっぱいだ(The world is full of fascinating problems waiting to be solved.)」という章題をもじったものだが、問題を問題視することの問題史を紐解くのであれば、この「魅力的な問題」というものが本当に我々にとっての「魅力」となり得るのかはいささか検討を必要とすると言えるかもしれない。
山之辺ハサクィは哲学の一領域である美学、特に18世紀ドイツの思想家G.E.レッシングの『ラオコーン』について研究を行い、2009年に東京芸術大学大学院美術研究科を修了。その後も『ラオコーン』及びその影響の系譜について関心を持ち続け、2016年後半より“Towards a Newest Laocoön”を志向した制作を開始した。現在は美術理論・批評と機械学習の領域を横断する制作を行なっており、Convolutional Neural Networkを活用した造形とその考察に取り組んでいる。
機械学習を用いた直近の制作においては以下をテーマの一部としている。
<①平面における奥行きの確定不可能性(Indeterminacy of depth in a plane)>
イリュージョンの喚起を目的としないような平面絵画の造形であっても、そのイメージに含まれる陰影や造形の大小によって我々は「奥行き」を志向するようだ。しかしニューラルネットワークを利用した生成されたイメージにおいてはそのような「奥行き」の志向を撹乱させ新たな「含蓄のある瞬間」を生み出すことができる。そもそも『ラオコーン』の用語である「含蓄のある瞬間」は、美術家が動作のどの瞬間を切り取るべきかという議論の中で、時間軸上の前後を喚起するような豊かな断面を切り取るべきだとされた。一方新たな含蓄のある瞬間においては空間軸の含蓄のある”瞬間”を問題とする。
<②機械学習による新たな画像の標本採集>
これまでの画像論では言語化されてこなかったいくつかの特有の画像様式が確認される。それらへの言語化と作品としての純化を試みている。
<③『ラオコーン』と今日の『ラオコーン』>
『ラオコーン』およびその系譜に位置する書籍の読解と、2019年に刊行されたLifschitz and Squire編“Rethinking Lessing's Laocoon”の読解を行い。近代の土台がない中で芸術を行なったことに起因する「悪い場所」とも形容される日本の現代アートの中でどのような試みをすべきか思案している。