Mestre Vitalino
陶芸家
陶芸家
ヴィタリーノ・ペレイラ・ドス・サントスは1909年、ペルナンブッコ州カルアルー市近くの小村ヒベイラドスサントスに生まれた。陶器製造に囲まれて育ち、早くからミニチュアの牛や食器などの玩具を作って地元の市で売る。美的感覚に優れ、成人してからの作品は批評家や美術コレクターの注目を集めた。1947年には知己になった画家アウグスト・ホドリゲスの発案でいくつかの彫刻作品がリオデジャネイロで展示され成功を収める。この展覧会はヴィタリーノの作品を一般に広めただけでなく、全国各地にこの種の創作物が存在することを知らしめ、フォークアートへの関心の歴史的画期とされる。
その巧みな技とアウト・ド・モウラの陶芸家の間で示した統率力から「メストレ」(名人)と呼ばれる。1960年から亡くなる1963年までブラジル各地を巡り、展覧会に参加して持てる技術を披露した。名声を博したが貧困のうちに伝染病に罹り53歳で没した。死後も彼の記憶は一般人だけでなく家族や彼が養成した友人たちのあいだで生き続けた。彼の子どもであるアマロ、マヌエウ、セヴェリーノ、アントニオ(故人)、マリキーニャは、マリア・ジョゼを除き同じ職業に就いた。メストレ・ヴィタリーノはペルナンブッコ州北東部の農村生活を表現力豊かに描く視覚的な物語を作った。「ハンモックの埋葬」、「カヴァロ・マリニョ」、「牛に乗る夫婦」などの詩情溢れる有名な彫刻を制作した。
